「…チャオ。…シングル一泊だ。」 それはとても寒い日。 気配を感じ、もしかしたらと自宅のドアを開ければ、そこには当然のように彼がたたずんでいた。 さして驚きもしなかった。麻痺するくらいに望んでいた事を差し引いても、予感はいつでも僕に親切だったから。 「…また喧嘩したのかい?」 いやに静かだと思ってはいたが、外には雪がちらついていた。 彼の顔とその細い肩の向こうにちらつく白い粒を見比べ、ふと疑問がよぎる。 「君、いつからそこにいたのさ」 「…空いてねーんなら他をあたる」 たった一言、それだけを言って、彼は静かに僕の目を見据えた。 そんな彼に、僕は肩を竦める。 つまり、僕の質問には答える気はないってこと。 そう、当たり前だね。君と彼の仲がどうなろうと、そんなの僕だってそもそも興味ない。 大事なのはそう、君がこうして僕を頼って来てくれたっていう事実だけだ。 用事なんてあるはずない、こんな田舎にまで。大嫌いな雪を背負って、僕を訪ねて。 「ダブルでいいなら」 わざと含みをこめた僕に、彼は小さく首を傾いで笑ってみせた。 「嫌がる理由もねーな。」 その時彼の体が震えたのを、僕は見逃さなかった。 黒尽くめの彼の、やはり真っ黒なコートのポケットに入れられた手は赤くなってるにちがいない。 僕の好きな彼の手は持ち主と同じくとても寒がりなのに、真冬でも手袋をさせてもらえず、いつも裸だ。それは彼が彼自身の手を、銃の、武器の一部であると認識しているせいかもしれない。―――僕は勝手にそう思っていた。 ――いつからそこにいたの。 さっき黙殺された質問。僕はその答えが気になってしょうがなかったけれど、今はとにかく彼を迎え入れるのが先だ。 極力ゆっくりと、注意深く彼の肩に手を回す。触れたそこは、想像通りかなり冷たかった。 細い体を引き寄せ抱き込むと、彼から立ち上る冷気を全身で感じることが出来た。 道中彼を苦しめた雪は僕の体温で溶け、水滴に変わり、シャツを濡らしてゆく。 そうしているだけで一気に胸をひろがってゆく甘さに、僕はなんだか気が遠くなった。 ―――ああ、この僕が、誰かをあたためてやりたいと思うなんて。 「ヒバリ?」 まわした腕に力をこめると、腕の中で彼が小さく身じろいだ。 そのとき、僕は笑っていたと思う。彼もそれを見た気がする。 そのことに気付いて、僕は動揺した。 なぜだかはわからない。だけど僕はそのことについて何も聞かれたくなくて、彼の体から離れ、それから押し付けるようにこう言った。 「…入って。体が冷えてる」 |