「…軽く生命の危機だったぞ」

「ふぅん?大変だったんだね」


彼の真剣な口ぶりに、混ぜ返すような相槌をうった。

やっと人心地ついたのだろう。
僕はひそかに安心していた。
なにせあの彼がバスから着替えまでをなすがままにされ、その上ずっと無言だったのだから。
小さな頭へタオルをかぶせて、丹念にこする。
その間僕は想像していた。
雪の中ひとり倒れる、彼の姿を。

真っ白な世界。
その中で、まるで絵画の一部みたいにぴくりとも動かない彼。
降り積もる雪が残る彼の体温を奪ってゆく。まるでそれが義務であるように。

それは美しすぎる光景で―――僕は静かに戦慄した。
馬鹿げてる。だけど。
だけどもしもそんなことが現実に起きたなら、一体どうするんだろう。

僕は。


そこまで考えて、僕は自分をあざけり、笑った。
まったくばかげている。
もしも、なんて言葉は、思考だけにしろ使いたくなんかないのに。
だって無駄じゃないか。
無駄なことは嫌いだ。それは貴重な時間をいたずらに削るだけだから。

髪の生え際をたどると、くすぐったいのか、彼はむずがるように首をすくめた。ほらね、僕はとてもいそがしいんだ。どんな小さな所作だって、それが彼のものならば見逃したくはないんだもの。

そのまま頬へ触れてみると、そこにはもういつものあたたかさが戻っていた。僕はそれを少しだけ残念に思った。
僕が彼にしてあげられる事が減ったように思えたから。

髪を拭く事にしたってそうだ。
ずっとこうしていたいのに、現実はいつも僕の思うようになってはくれない。
タオルではこれが限界だね。
残念な気持ちのままに言い、それから目の前の黒髪にむけて訊ねた。


「ドライヤーは?」

「必要ねーぞ」

「・・・言うと思ったよ。」




やっぱり僕に意地悪だ。
現実も、彼も。


















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