「――さて。本題だが」

他愛ない、上滑りするような会話の切れ目に、彼はとうとう切り出した。


空のデミタスがソーサーごとテーブルに置かれると、他の全員がそれにならった。
最後に綱吉君のカップが音も無く着地するのを見届け、彼は静かに僕をみつめる。


「ヒバリ。抜けるってのは本気か?」

「もちろん、本気さ」

「なぜ?」

「なぜって?」


睫毛をしばたたかせる彼に、僕はおもわず口調を尖らせた。
答えの解りきった質問をされるのは好きではない。
僕は確信していた。何故、と問う彼は、しかしその理由を既に知っている。そして僕が、この件に関しては、自分の本心を決して告げないだろう事も。


「…群れて暮らすのは、僕の性にあってない」

下手な朗読のようだ。己の口から出る台詞を聞きながら、僕はそう思う。

「君もよく知ってる事だろ。今更そんなこと訊かないでよ。」

「今更だと?」


彼は笑った。
その笑顔を見、このやり取りにおいての彼が、僕の望み通りに振舞うことは何一つないのだろうと悟る。
それは綱吉君や隼人も感じたようだ。
彼の隣に座る綱吉君の目には困惑が見て取れたし、僕の横の男からは一瞬だけ強く拳を握る気配がした――それは隼人が緊張したときに見せる癖だった。


「ヒバリ。それはオレの台詞だ。現守護者という立場を差し引いても、ボンゴレ内におけるお前のあつかいは特別なものだ。異例といっていい。お前の特性は十分に理解してる。そのうえでオレがそう取り計らったんだからな。お前に限っては言う必要もないと思っていたが、」


そこで言葉を切ると、彼は笑みを消して、射抜くように僕を見据えた。


「――とんだ見込み違いだったか?」

「……それは知ってるよ」

「そうか。安心したぞ。」


わざとらしい笑いを今度は一瞬だけ見せ、彼は続ける。

「ならこれも解るな?お前の言う『性』は、ボンゴレを抜ける理由にはならない。したがってその権利も無い。以上だ」

「理由ね。さっきも誰かに訊かれたけどさ」


ちら、と隣の隼人を横目で見やれば、色素の薄い瞳とかちあう。その上にある、ただでさえ上がりぎみの眉がぴくりと跳ねた。僕の言い様が気に障ったんだろう。それには気づかなかったふりをして、視線を丁寧に彼のほうへと戻した。


「それが必要?理由が、権利になるの。」

「なるぞ。あるいはな。」

「なぜさ?」

「それはオレが寛大だからだ。」

「初耳だね、それ。」


憎まれ口をたたく僕に、彼はフッと笑った。今度は本当の、心からの笑みだった。
つられて微笑んでいたらしい僕に、首を傾ぎ、彼は続ける。


「だから言ってみろ、ヒバリ。本当の理由をだ。」

「……」


それまで僕らのやり取りを黙って聞いていた綱吉君が、え、と小さく声をもらした。
その双眸が彼から僕へと向き直る。綱吉君と目を合わせないよう、僕はさりげなく視線を伏せた。


「そうすりゃオレの気が変わるかもしれねーぞ。」

「……」


日は既に傾き始めていて、窓あかりが僕らの影をつくり、絨毯へと濃く色を落とした。
テーブルの上を小鳥の影だけが素早く横切っていく。鋭い鳴き声は完全に閉め切られた部屋の中まで響いて、僕はそれをなぜかひどく生々しいと感じる。

そのまま沈黙が落ち、数分が経った。


「ヒバリ。」


最初に口を開いたのはやはり彼だった。
組んでいた脚をほどき、自分の両膝の上へ肘を置く。僕のほうへ身を乗り出すように。


「――わかった、言うよ。でも、君には席をはずしてもらいたい」


僕の言葉に、彼は少しだけ目を見開く。意外だと言うように。
それにかまわず、僕は続けた。


「君には聞かれたくないんだ。問題無いよね?――『ドン』は沢田綱吉なわけだし」

「ああ。まあな。」

「えぇっ?!おい、リボーン!」


すんなりと立ち上がる彼に、綱吉君は面食らったようだった。思いがけず回ってきたお鉢に慌て、続き部屋へ向かおうとする彼をあわてて止める。
それに一応は向き直ると、彼は肩をすくめてみせた。


「そういうわけだ。オレは退席する。大丈夫だな?ツナ」

「…や、その」

「ただしオレだけだ。獄寺はここに置いていく。それでいいな?」

「うん、いいよ。」

「獄寺」

「はい。」


短く答えた隼人にうなずきを返し、自分は扉の外にいる事、そして話が終えたら声をかけるようにと告げると、僕には目もくれず彼はそのまま部屋を後にしようとした。僕も何も言わなかった。

僕は予測していた。
綱吉君・隼人の両方が、出て行く彼のほうにどうしたって気をとられるだろうことを。

とりわけその意識が一番集中したのは、彼が扉を閉める瞬間だった。――つまり、その姿が見えなくなる直前――肘を使い、僕は最小限のモーションで隼人を突き飛ばした。


「雲雀っ!!」


綱吉君の肩を思い切り掴むのと体勢を立て直した隼人が叫ぶのとが、ほぼ同時だった。
肩を掴む僕との間に未だあったテーブルを綱吉君の脚が蹴り上げる。カップが床に散乱し、その全てが割れて大きな音を立てた。
それをかわし、綱吉君の背後に回る。
やすやすと後ろを取れたことに、僕はいささか呆れた。いくら何でも簡単すぎる。
――雲雀さん。その首へ腕をかけ、締めるように力をこめると、緊張した声が僕の名を呼んだ。身内に対しては未だに見られる、呆けた少年のような顔が思い浮かぶ。

甘い。闇の世界に君臨するドン・ボンゴレともあろうものが。
君はちっとも解っちゃいない。
何故彼があえて僕や骸のような者を、『守護する』存在として君のそばにすえているのか。



「どっちも、動かないことだね。」



どちらも、と言いながら、僕はそれを隼人の目を見て言った。

強く睨め付ける緑の双眸を確認してから、望むものを続き部屋に探す。――だけど。



扉は開いておらず、彼はそこから出て行ったきりだった。






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