「なるほど」


不自然なほど抑揚を欠いた一言ののち、彼は口をつぐみ、クッと喉を鳴らした。

くつくつという彼の笑い声だけが、その場に響く。
心もち伏せられたその顔からは表情が読めず、ただ僕は、静かな殺気が部屋の中を支配していくのを感じていた。――隼人もきっと同じに違いなかった。

僕よりも小さな身体から発散される香りのようなそれは、僕の中へと直に入り込み、内側から蝕んでゆく。

ひどくめまいがしていた。
わきおこる衝動を持て余し、目を閉じる。眼球の裏がわに疼くような痛みが走った。
何か考えたわけじゃない。ただ、その時の僕にはこう言うだけで精一杯だった。


「――不愉快だった?」

「当たり前だぞ。」


対する彼の言葉は冷たかった。
瞼を上げる。彼がこちらを見ていた。その黒い瞳にはどんな表情も存在せず、ただ、見ているだけ――僕にはそう思えた。


「だが問題はそこじゃねーぞ。――そうだな?獄寺。」

「……」


相変わらず振り向くことをしなかったけれど、責めていることが明らかなその口調に、隼人の表情も曇る。

「『あれ』に関する事は、9代目とツナ以外には話していないはずだが」


隼人は沈黙を守っている。
そうする事で、かばっているのは明白だった。誰を?――言うまでもなく、綱吉君を。

アームレストの上、彼の指先だけが動いている。コツ、コツ、と、形の良い爪が硬質な音を立てた。


「――まあ、いいだろ。」


数分ののち、おもむろに手遊びを止めると、彼はそう言った。――その言葉には満足そうな響きが滲んでいた。
口にこそ出さないけれど、隼人の『いつ、いかなる時も10代目を至上とする主義』を、彼はひどくかっている。


「どのみち説明してもらうのは後だ。勿論ツナのやつも含めてな。」


そのときだった。


「獄寺くーん、ごめん。」


まるで自分の名前が呼ばれるのを待っていたようなタイミングで、綱吉君の声が響いた。
その場にいた全員が、声のした続き部屋のほうへと目をやる。だけど、そこにドン・ボンゴレの姿は見当たらなかった。


「獄寺くーん、ごめん。開けてくれる?」


重ねてもう一度。
あわてて隼人が続き部屋へ向かっていった。どうやら綱吉君はドアの向こう、廊下に立ち尽くしているらしい――両手がふさがった状態で。


「開けますよ。」


返事がかえってきたのをきちんと確認してから、隼人が外開きの扉を開いた。まったくこの男は、『10代目』に関してのみ言えば、この上なく紳士だと思う。


「ありがと」

「ああ、オレの分まで。申し訳ありません。ありがとうございます」

「いいって。オレも飲みたかったし」


扉から僕たちのいるテーブルまでの距離は、たった数メートル。
その間トレイを持つ・持たないで軽くもめごとはあったものの、ボンゴレ10代目とその忠実なる右腕により、エスプレッソは僕たちの前へと無事到着した。


「遅いと思ってたら、全員分淹れたの。律儀だね、君」

「待ちくたびれたぞ。味は確かなんだろーな。」

「う……自信ないかも。久し振りに淹れたし」

「ねえ、砂糖もミルクもないの?」

「あ、すみません。」

「いいけど。」

「ワガママ言ってんじゃねえよ、雲雀っ。…って、飲んでんじゃねーかてめえ!」

「うるさいな。静かにしてよ。…」










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