――――雪はもう、見るのも嫌だ。



いかにもうんざりしたように彼が言うので、僕はカーテンを閉めるため窓辺へ歩み寄る。
ガラスから外を覗くと、いつもの景色は薄っすらと雪に埋もれていた。


――ああ、今年初めての雪だったんだ。僕はそのことにやっと気付いた。

白い結晶は、大きな塊に姿を変えてなお絶え間なく降り続いている。
このぶんだと明日は身動きがとれないだろう。
身のまわりの環境に無頓着な僕でも、ここで暮らした数年でそのくらいの事は判断がつくようになっていた。


――そういえば数日前、笹川君が訪ねてきたっけ。
そうか。あれは、そういう意味だったんだ。


「ねえ。僕、大変な事に気づいたんだけど」

「なんだ?」

「この分じゃ当分買出しに行けそうにないんだ」


僕の言葉に、それまで暖炉の炎を見ていた彼が、寝転がったままこちらを振り向く。
彼の頬や髪、瞳が炎に照らされ、赤く染まっている。その様子はとても綺麗で、僕は見惚れた。
だけど、そうして出来てしまった少しの間が、どうやら誤解を生んだようだ。彼の表情はみるみる内にくもってゆき、唇からは絶望的な溜息が漏れる。


「……凍死の次は餓死の危機か。」

「違うよ、貯蔵庫はいっぱいなんだ。だから大変なんだ。」


彼らしくも無い深刻な口調がおかしくて、笑い出しそうになりながら弁解する。
さっきまでの寒さが、彼にはよほどこたえたらしい。
不思議だよ。まだ君がもっと小さかったころは、雪が降るたびはしゃいでいたのにね。


「…貯蔵庫がいっぱいな事の、何が大変なんだ。ちゃんと説明しろ。」

「笹川君だよ。数日前、食料や薪をトラックいっぱい持ってきてくれたんだ」

「ああ…」


僕の言葉を聞くと、彼は納得したように呟いた。
彼が言うには、どうやら笹川君はあの日休暇をとっていたらしい。
貯蔵庫に食料が積まれてゆくのを見てた時は気付かなかったけど、あれは彼が僕のために用意してくれた冬の蓄えだったんだ、今気が付いた。


「僕、お礼を言いそびれたな」

「それが大変な事なのか。了平に礼を言えなかったのが?」

「そう。だって、これは僕のルールなんだもの」

「ルールね。」


隣に座り込むと、彼は自分がくるまっている毛布を持ちあげ、僕を迎え入れてくれた。


「オレはおまえに礼を言われた記憶がねーんだがな」

「してもらった事に対して本当に嬉しいと思ってたら、言わないよ。」

「………ありがたいと思ってないから礼を言うのか」

「そうだよ。だって、悪いからね。」

「………了平のやつも苦労するな。」


溜息混じりの彼の言葉が少しだけおもしろくなくて、僕は毛布を引っ張った。

僕が笹川君のことを話すとき、彼は決まって笹川君の肩をもつようなことを言う。
きっと僕はそれが気に入らないんだ。自分で自覚しているよりも、よほど。
その証拠に、笹川君に対する僕の態度は決して良いものではなかった。
断っておくけど、笹川君はいつだって僕に親切だ。
それは僕らが子供だったころから変わらなくて、昔からの知り合いなら誰もが知っていることだった。
だけど困ったことに、彼が僕に親切にしてくれればくれるほど、僕は言いようのない苛立ちを感じてしまう。

そしてそんな僕の態度が、彼に笹川君の肩を持たせる結果を呼ぶんだ。
まさに悪循環。
僕だってわかっているけど、仕方ないとも思う。


――だけど、今回ばかりは助かったな。

だって、笹川君のおかげで彼を餓死させずにすみそうなんだもの。


隣にある夢うつつな顔を見ながら、そういえばこの暖炉も、この家を建てたとき笹川君が設置したのだと思い出した。


「―――了平に礼ならな」

「え?」


突然彼の唇が動いた事に、僕はおどろいた。ほとんど眠ってしまったと思っていたのに。
そんな僕におかまいなしに、彼は続けた。その口調はゆったりとしていて、まるでどうしようもなく眠たいのだと主張しているようだった。


「了平に礼なら、今度ここに呼んでやれ」

「・・・それだけでいいの?」

「ああ。ま、あいつは礼だとか考え付きもしねーだろうがな。」

「…そう?まあ、君が言うならそうなんだろうね。わかった、そうするよ。」


僕の台詞に、彼は薄目のままちらりとこちらを見た。


ああ、わかってるよ。眠いんだね。それとも寒いのかな。


お喋りはおしまいにしよう。僕は彼に毛布をかけなおすと、つかれきった小さなからだを抱き寄せ、呟いた。





「おやすみ。」

























なにげに了平&雲雀プッシュ?







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