どうして忘れてしまっていたんだろう。 今でも鮮明に思い出せる。 あの日、雪の中で、僕は雷にうたれたような気分だったよ。 * 彼の掌に横たわる、緑色のからだ。 今にも動き出しそうなのにな。ぽつりと誰かがそう言った。 多分みんなが同じように考えていた。それほどに鮮やかだった、冷え切ってもう動かないはずの、そのからだは。 「…リボーン。」 立ち尽くす背中に声をかけたのは、綱吉君だった。 それでも彼は動かなかった。彼の時間は止まってしまったようだった、手の中の相棒とともに。 暫くの間、おもくるしい沈黙が続いた。誰一人お互いの顔を見ようとはしなかった。誰もがどうしたらいいか解らずに、途方に暮れていたのだと思う。 僕も同じだった。仕方がないので僕は目の前の山本君の後姿を見ていた。どんな大物との会席であろうとノータイを通す彼も、今日は文句のつけようのない身なりをして居た。その肩へ雪が降り積もる。結晶の形がいやにはっきりと見て取れた。黒地に白の模様を押したように。 申し合わせたわけでもないのに、その日は全員が黒いスーツに身を包んでいた。 正装の、しかもやくざものの大人たちが揃って突っ立っている様は間が抜けていたかもしれない。 ―――もしも今誰かがここを通りがかって、そいつが僕らを笑ったとしたなら。 誰であろうと関係ない。殺してやろう。 山本君の肩に増えてゆく模様を見ながら、そんなことを僕は考えていた。 「リボーン」 綱吉君がまた彼の名を呼んだ。 みんなが見守るなか、綱吉君はそっと彼の肩に手を置いて、なにごとかを囁いたようだった。 それはとても小さな声だったので内容までは解らなかったけれど、彼はちいさく頷き、綱吉君に付き添われて歩き出す。彼の相棒のために用意された、ちいさな棺のほうへと。 地面を覆う雪はまだ薄く、ひと足ごとに彼の靴底へこびりついた。僕にはそれが重たそうに見えて仕方なかった。ことさらゆっくりとした彼の歩調を、差し引いてでも。 隼人が鼻をすすった。その肩を、隣の山本君が叩いた。――泣くなよ。――泣いてねーよ。2人とも、涙声だった。 彼はとうとう棺の前に立った。 大事に抱えていた相棒を、そうっとそうっと棺におろす。それは不器用な子供のような仕草だった。 小さな背中越しに白い息があがる。彼は落ちてくる雪を見上げているようだった。僕たちのほうから彼の顔は見えなかったけれど、その横で彼を見守る綱吉君の表情は、悲痛なものだった。 「雪か」 まるで今初めて気付いたみたいに、彼はそう言った。 そうして着ていたコートをおもむろに脱ぎ、棺の何倍もの大きさのあるそれを、相棒のからだの上へ掛けた。 「そんまんまじゃさみーだろ。」 彼は静かに呟き、ひざまづいて、相棒にキスをした。 綱吉君がその場に膝をついて座り込んだ。まるでくずおれるみたいに。 少し離れた場所から、笹川君のおしころした嗚咽が聞こえた。 隼人も、その背を叩く山本も、やっぱり泣いていた。 僕には理解できなかった。 だってこれは彼の悲しみだ。 僕がその場で親しみを感じるのは雪だけだった。 何事も無かったように降り続けている、雪、だけが。 (いや、違うな。) どうして忘れてしまっていたんだろう。 はじめからひとりだったじゃないか。僕も、彼も。 |