「僕、抜けるから。」 「――へ?」 「じゃあね。」 用件を簡潔に告げた僕に、それまで書類に目を通していた綱吉君はあっけにとられたようだった。 それに構うことなく、僕はくるりときびすを返す。挨拶が済んでしまえばもう用事はない。この場所にも、彼らにも。 「ちょっ…おい!待てっ雲雀!」 一瞬遅れでかかった声は、綱吉君の後ろに控えていた隼人のものだった。 続いてその手が僕の肩を掴もうと伸ばされる。僕がそれを難なくかわせば、今度はクソ、と悪態をつかれた。 隼人の行動は読みやすい。出会った頃に比べればマシになったけど、そもそもその人間性からして解りやすいんだ。 「獄寺君、待って。…雲雀さんも。待って頂けますか?」 睨みあう僕らに、やっと綱吉君が声をかけた。隼人の手が懐から抜かれたのを確かめてから、僕はもう一度向きなおった。今や名高きドン・ボンゴレである彼のほうへ。 綱吉君は、平静ではあるけど、まるで得体の知れないものを観察するような、そんな顔をして僕を見ていた。 アポイントメント無しに僕が執務室を訪れるのはいつものこと、自分たちを眺めるのに飽きたらまた勝手に出て行くだろう――彼はそう思っていたに違いない。ほんの数分前までは。 「何?退職金なら要らないよ、さすがに急だったしね」 「そんな話なわけねーだろが!」 「雲雀さん。」 今にも僕に掴みかかりかねない様子の隼人を掌の動きだけで制しながら、綱吉君は言い募った。 その間も茶色の瞳は僕を観察し続けている。それはまとわりつくような、ぬるりとした視線だと僕は感じた。そう、彼と、同じ。 ああ、やっかいだ。なにせ僕は理屈をこえる力というものに弱い、いろいろな意味で。 「理由をきかせてもらえますか?」 「理由?そんなもの、言う必要ないね。」 「っ!てっめ…」 「獄寺君、」 僕の答えに激昂し、武器を抜こうとする隼人を再度綱吉君がいさめる。 この場に隼人がいた事は、僕には好都合だった。 勝負事は、平静さを欠けば欠くほど不利になる。それは相手が書類であろうが人間であろうが同じこと。 隼人にそれがわからないはずがない。ここまでくるのに僕らは数々の死線を越えた。それでも彼の目を曇らせるのは、皮肉にも、弱りきった顔をした青年、文字通り隼人にとっては命より大事なドン・ボンゴレその人だった。 足抜けうんぬんより、綱吉君に対する僕の態度がゆるせないのだ、隼人は。 (――さあ、どうしてやろうか?) それをじゅうぶん理解した上で、僕は言葉を選ぶ。 頭は冴え冴えとし、いやに残酷な気分だった。 人は言葉の毒で死ぬことがあるのだろうか、ふと脈絡もなく考えた、その時。 「獄寺の言うとおりだぞ、雲雀。」 「…リボーン。」 「……」 執務室のドアが開いて、その向こうから現れた。――彼が。 「ちゃおっス、ヒバリ」 僕にだけ挨拶をし、扉を閉じると、彼は普段のそれより大きなストライドで歩み寄ってきた。 ちょうど隼人との間に割って入る形で僕の前に立つと、彼は小さく首を傾いで見せる。 彼がよく見せる催促のしるしだ。――僕はそれに逆らえたためしがない。 「…………やあ。」 僕が挨拶を返したことにまずは満足そうに頷くと、彼は続き部屋のほうにあるソファを顎で示した。 「とりあえず、座れ。ツナ、エスプレッソだ。」 「……………うん。」 「…あ、リボーンさん、コーヒーならオレが…」 「お前じゃ駄目だ、獄寺。オレはツナが淹れたやつが飲みてーんだぞ。」 一気に悪くなった分に、僕は頭上にあるシャンデリアを仰いでため息をついた。 |