「君の顔を見るの、なんだか久し振りだね。」

「そうか?」

「そうだよ。」


それは比喩でもなんでもなく、本当のことだった。小さな命を見送ったあの日から今日でちょうど一週間。その間彼はずっと自室にこもりきりだったのだから。


「ちょっと喪に服してたもんでな」


さらっと言ってのけた彼に、その後ろで控える隼人が複雑な表情をした。
隼人はそわそわと落ち着かない様子でドアのほうを見やっている。
コーヒーを淹れにいってしまった綱吉君の帰りを待ちわびているんだろう。
どうせ突っ立ってるだけなら一緒に行ってしまえば良かったのに。はっきり言って、今の隼人は邪魔者以外の何ものでもない。……まあ、僕にとってはね。

そこまで考えたところで、僕はふと思いあたった。


「――ねえ。君、ずいぶんお腹が空いてるんじゃないの?」


僕が言うと、彼はちょっとだけ意外そうな顔をして、それから苦く笑った。

部屋にこもっていた間、彼は他者のいっさいの出入りを許さなかったはずだ。
彼の部屋には、その気になればそこだけで一ヶ月くらい生活できる程度の設備が整っている。
だけど持ち主が食料を持ち込まない性質なので、そういう意味では宝の持ち腐れだった。
彼が自室のクーラーボックスに常備しているものといえば、酒と炭酸水、それから数種類のジェラートくらいだった。
一週間どころか、一日を満足に暮らすためにだって不十分すぎるラインナップだと、誰もが思うだろう。


「まーな。だがまあ、死にはしねー程度だ」

「リボーンさん、オレ何か用意させますよ。」

「いや、いい。お前はここにいろ、獄寺」

「……はい。」


解放への道を即座に絶たれ、隼人は目に見えて消沈した。

――意地がわるいな。自分の事を棚に上げ、僕はそう思う。

だって、しっかりと見えたんだもの。
後ろの隼人に悟られぬよう、かすかに上げられた彼の唇が。彼と向かい合って座る僕からは、しっかりと。

気まずさ、身の置きどころのなさに耐えられない隼人の気持ちをわかった上で、彼はわざと隼人の反応を面白がってるんだ。

まあね。ああまでいちいち思うとおりの反応が返ってくるんだから、ちょっかいをかけたくなる気持ちも解らないでもない。僕にとっては邪魔だけどさ。

現に今も、隼人はその身から無言のプレッシャーを放っていた。
向かう先はもちろん僕。つまり隼人はこう言いたいらしい―― ”よけーな事、言うんじゃねーぞ雲雀!”。


「コーヒー、遅いね」

「そーだな」


僕の切り出した会話が当たり障りのないものだったことに、隼人はまずはほっとしたようだった。
それに僕は全く興味を感じず、すぐに視界から追い出した。そうだ、今大事なのは。

ソファに深く腰掛けた彼。その指先は所在なさげにアームレストを叩いている。
そこから生まれるコツ・コツ・というリズムは心地よくて、僕はいつまででも聴いていられる気がした。――――そうだ。


今大事なのは目の前の、このすばらしい存在だけ。

僕がならうのは、彼のやり方。いつだってそうだった。



ねえ、僕の君への興味は尽きることをしらず、ささいなことでも知りたくてしょうがない。

山本君にだったかな、彼に一度だけ言われたよ。
僕の君に対する興味の深さには時々――何て言っていたかな、確か――空恐ろしくなる、とかそんな事……、ああそうだ、『見ていて不安になる』。そう言われたのかな。

少し驚いた。周りからはそんなふうに見えるんだと思って。
でも、その時、妙に納得もしたんだ。

大嫌いな群れのなかに、まあ実態はどうであれ、とにかく自分が身を置くだなんて、僕自身、昔は想像さえしなかったから。


「…なんだ?」


急に音が途絶え、そのかわりに彼の声がかけられた。
彼が僕の視線に気付いたからだ。
一瞬だけ残念に思ったけれど、こちらを覗き込む目を見れば、そんな思いもあっというまに作り変えられる。どこまでも彼の都合のいいように。

そうだ。君の事を知りたくて僕はここにいる――それだけのために。




「――この一週間、何してたの?」












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