「…取り返すって…誰から?」 これだけの言葉がノドの奥につっかえて、なかなか出てこなかった。 さっき食った魚の骨でも引っかかってるんじゃないかって思えるほどに。 きっとこれは本能ってやつだ。そいつがこれからオレ自身にふりかかるだろう災難を察知して、体に警報を発令してるにちがいない。 どんなに時間がかかっても、山ん中をただ探すだけの方が、よっぽど安全だったりして…… こっちは不安感丸出しで答えを待ってるってのに、リボーンは黙ったままだ。 こういうとき、こいつのとぼけた顔が本当に憎たらしく見える。横であくびをしてるレオンにまで八つ当たりしたい気分だぜ、くっそ! リボーンがこんなふうな態度をとる時ってのは、たいていオレが何かしらのミスをしていて、リボーンがオレに気付かせようとしてる時だ。 つまり、さっきのオレの質問に何か落ち度があったってこと。 質問っていったって、その内容のほとんどがリボーンの台詞をおうむ返しにしただけだ。付け加えたっていうと… そこまで考えてようやくピンときた。…もしかして、今回の修行って… 「…相手が人間じゃねーってこと?」 「そーだぞ。今回の相手はどーぶつだ。」 オレの言葉にリボーンは、気付くのがおせーんだよ、とばかりに肩をすくめて見せた。うーん、むかつくアメリカンアクションだぜ。 だけど相手が動物だってわかっちまった今、そんな事にかまってらんねー。 や、相手が人間で、それもいきなりマフィアが相手!とかでもじゅうぶん一大事だけどさ、動物だぜ? 考えてみろよ、やつらには理性も守るべきルールもないんだ。 しかもこいつのことだ、この後オレを待ってるのは、猛獣との戦いに決まってる! 帰りたい。寮の自分の部屋のベッドで寝たい。いいや、いっそすべてが夢オチだったなら……。 逃避するオレをよそに、リボーンは淡々と説明を続けていった。 「無線はその動物の腹に取り付けてある。そして今回お前が相手をするのは…」 きた。ついにきた。たまらず耳を塞ごうとすれば、それさえリボーンの手で阻止された。 「それが人の話を聞く態度か。」 「いででででで!!!」 続いて耳を嫌ってほど掴まれた。道は閉ざされた。もうオレに逃げ場は存在しない…… オレの気分はさながら電気イスに座った囚人。ああ、なんて無情なんだろう。 「お前の相手は…」 近すぎるリボーンの声がくぐもって聞こえる。 たまんねーのはこの間だな、心臓がうるさいくらい鼓動を打ってる。ああ、神様!オレはぶるぶる震えながら来るべき宣告を待った。 …が。 「この山に住む、バンビだぞ。」 「へ………?」 リボーンの台詞はまったく予想外のものだった。 それにオレは、自分でも気付かないうちにとってた祈りのポーズのまま、つい間の抜けた声を出しちまう。 だってさ、バンビときたらあれしかない。だろ? 有名すぎるクラシック映画の仔鹿がオレの頭の中をピョンピョン跳ねてく。 間違って…ねーよなあ。バンビはバンビ。そーだろ? だけどなんだか少しもピンとこない。なので、早速センセーにお伺いをたててみる事にした。 「って、バンビ?」 「ああ、バンビだ。」 「クラシック映画のバンビだよな?」 「そーだぞ。あのバンビだ。」 「………」 念に念を押すオレに、どこか苦く笑って答えるリボーンの様子からすると、今回の修行相手は… 本当に仔鹿ちゃん?! 「なーんだ……」 なんだか拍子抜けしちまった。いや、猛獣だとばかり思いこんでたからさ。 脱力してその場にへたり込んだオレに、リボーンは下がり眉の片方だけを器用にあげて見せた。 「どーした、不服か?」 「いやまったく!!不服なんて!!あるわけねーってそんなん!!!」 「侮るもんじゃねーぞ、バンビは素早いからな。」 「解ってるって…」 言いながら納得した、そーか、今回は瞬発力を高めるための修行なんだな。 とはいえ相手が仔鹿ならいくらなんでも命を落とすことはねーだろ。安心したぜ。 さっきまでとは打って変わって生気に満ち溢れるオレに、リボーンはフム、と呟いた。 「乗り気なら、今すぐにでも行ってみるか?まずは敵情視察だ」 「あ!行く!つーか見てみたい、バンビ!」 「それ食ってからにしろ」 はしゃぎまくるオレにリボーンは苦笑して食いかけだった魚を指差す。 大急ぎでそれをかたづけ、火の始末をしたあと、すぐにオレ達はバンビの棲み処であるらしい洞穴を目指した。 リボーンの言ったとおり山の中は険しくて、確かにオレの足じゃ下山は難しそうだと知れた。 ぬかるむ地面に足をとられ、群生した苔に滑り、どこまで伸びてるかわかんねーほど立派な木の根にすっ転びつつ、数十分が経ち・・・ 「いたぞ」 ついにオレは、待ちに待ったその言葉を聞くことができた。 リボーンが無言で手招く。足音をたてないよう気を付けながら、オレはそのそばに近付いていった、もちろんドキドキしながら。 本物の野生の仔鹿なんて初めてだ!ああ、こんなことならデジカメ持って来ればよかったぜ……。 そんな思いを胸に、オレはわくわくとリボーンの隣へと屈む。 「気付かれるなよ」 小声でリボーンが短く言った。 オッケー。それにオレは素直にうなずく。ちょっと落ち着かないとな!びっくりさせたら可哀想だ。 まずは深呼吸をひとつふたつすませる。うん、大丈夫大丈夫。そうやって落ち着いたところで、オレは生い茂る植物たちの隙間から向こう側を覗いた。まず見えたのは小さな川だった。きっとそこは動物たちがいつも集まる水場なんだろう。 「川の向こう岸だぞ」 リボーンがひそひそ声で教えてくれるのと同時に、隣のスペースを少し空けてくれた。なるほど、木が邪魔になって、オレの位置からじゃ見えにくくなってたんだな。 さあ、今度こそ感動のご対面(一方的だけど)だぜ! いま、オレの目の前に、バンビが…!! …………いなかった。 そう、いなかったんだよ。 目を皿のようにしても、バンビなんてどこにも見当たらない。 なんだよー。オレは心底がっかりした。もしかしてオレが場所移動したりもたついてる間に逃げちまったのか? みるみるテンションの下がるオレを見、リボーンは怪訝そうにどうした?とたずねてきた。 「バンビいなくなってる…」 「?何言ってんだ。」 オレの絶望的な台詞に、リボーンはそんなはずはないと言うと、オレの肩へと飛びうつってきた。 「見ろ、ちゃんといるぞ。」 「え、ドコに」 「今お前が見てるほうにだ。いんだろ」 ピンク色の指がさし示す方を目をこらして見る。……だけど、やっぱりバンビはどこにも見当たらない。 さらさらと流れる川のむこう。そこにはたくさんの小石が散らばってて、草がまばらに生えてる。多分ここはオレ達がいたとこよりも上流になるのかな。きっと最初に思ったとおり、動物たちが集まる場所なのだろう。だけど今いるっていったら、一匹…いや、一頭のどでかい――― 「いねーじゃん、熊しか。」 「熊だぞ。」 「?」 「あいつがバンビだ。」 ・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!! 「はぁあああああああ?????!!!」 「バカ、でけー声を出すな。」 あんまりの事に出た叫びをリボーンに咎められる。ついでに頭をボカリと殴られた。 いやいやいやいやいや、今のは叫ぶだろ!!いたって普通のリアクションだろ!!!あれがバンビって!あれがバンビって!!体長何メートルだよ!体重何百キロあんだよバンビ!!! 「見ろ、気付かれただろーが」 げ。 見れば熊のバンビは川の水を荒々しくバシャバシャとかきわけ、眼光も鋭くオレ達にむかって突進してくるところだった。 こえええええええええ!!!!! 何が恐ろしいって、その巨体からは想像もつかないほどのスピードだよ! 「くくく熊ってあんなに足速ぇの?!なんで?!!」 「うーん、見事なギャロップだぞ。バンビ」 走り方はどーでもいいよ!!!! 「どどどどーすんだよ!!」 「逃げるぞ、とりあえずは撤退だ。」 「うわああああああ!!………」 ……その後、どこをどう走って逃げてきたのかって?まったく覚えてねーよ、そんなん。 人間死ぬ気になれば何でもできるっていうけど、あれ、本当かもしれねーって思った。(余談だが、熊に死んだふりは通用しないらしい。) 「今回はバンビとの距離が遠かったおかげで助かったな」 どうにかこうにか元いた場所まで戻ると、リボーンはのほほんと、そうのたまった。 オレはというとしばらく口もきけなかった。全力疾走の末に酷使した肺がどうしようもなく痛む。遅れてやってきた恐怖と疲労に震えながら、ぐったりするだけだ。 そのまま数十分ほどがたち、まともに喋れるくらいに回復したオレは、まずは一番言ってやりたかったことをそのままリボーンに浴びせた。 「あいつがなんで、バンビ、なんだよーっっ!!!」 「名づけた奴が映画の大ファンらしい。」 「は……ははははははは!!なるほどなーそっか〜〜〜。それでバンビね〜〜…」 ふ ざ け ん な !!! |