「聞いてねーよ!あんなでけー熊がいるなんて!」


採ってきた木の実の皮をナイフで削りながら、オレは昼間の出来事にまだ憤慨してた。


「しかもあんなのと戦えとかってお前、実はオレを殺す気だろ!?」

「別に戦えとは言ってねーぞ。今回は無線を取ればいいだけだ。」

「だからどーやって!」

「その鞭を使えば出来るはずだぞ」

「おま、簡単に言うなよ!!」

「驚くのはまだ早ぇーぞ、ディーノ」


すっかり綺麗になった木の実をオレから受け取り、リボーンが小さな指を左右にチッチッ、と振った。だからなんでアメリカンアクションなんだよ!腹立つぞソレ!


「お前、既に一回あいつに食われかかってるんだぞ」

「!!?」


あむり、と木の実に食いつきながら、リボーンがとんでもない事を言い出す。


「お前は失神してたから覚えてねーだろうが」


次の木の実とナイフを手に、ぽかんと口をあけたオレに構うことなく、リボーンは続けた。


「昨日空からダイブした後、落下地点が予定のそれとかなりズレちまってな。運のねーことに、そこがバンビの巣穴の近くだったんだぞ」

「んなっっ……」

「バンビは食いでのありそーなてめーを狙って来るし、なのにてめーは起きねーしでこっちは大変だったんだぞ。」


オレが気絶してる間にそんな事があったのかよ!

全身にぶわっと鳥肌が立つ。ようやくおさまってた昼間の恐怖が蘇ってきた。


「ま、その時ついでに無線も仕込めたがな。」


口から木の実のタネを吐き出して言うリボーンは、いたってマイペースだ。

そうだよな、考えてみれば、バンビ(熊)の腹に無線を取り付けたのはこいつなんだ。
しかもバンビ(熊)に狙われた状態で気絶してたにもかかわらず、オレはこうして無傷なわけだし…こいつ、やっぱタダもんじゃねー…。


「しかしバンビのやつ、完全にお前のことを大型の食料だって認識してんなあ。こいつはひと苦労だぞ。」

「………も、オレ…寝る。」

「そーか。」


日はまだ完全に沈みきってなかったけど、オレはヨタヨタと寝床をつくり始めた。
これからどーするにしたって、とにかく眠らなきゃ、駄目だ…。このまんまじゃ何も考えられそーにねえ。


…あ。でも、そーだ。


「なあ。そーいや、夜の間の火の番ってどーすんだ?」

「オレがやるぞ。」

「え、でも昨夜はお前がずっとやってたじゃん。」

「いーんだぞ。お前に任せると、朝を待たずに凍死しちまいかねんからな」

「……あ、そー。」


憎まれ口に脱力しつつ、じゃあエンリョなくとオレは寝る態勢に入る。
枯れた草をあつめてその上に服をしいただけの寝床に転がり、おやすみ、と言うと、炎のむこうでひらひらと小さな手が振られた。


「ちゃんと眠っとけよ。」


そんなリボーンの言葉に、オレは眼を閉じ、それから心の中で苦笑いをする。


(まったく…)


気遣ってくれてんなら、素直にそー言えばいいのにな。









その深夜。
ペタリ、っていう感触を鼻に感じて、オレは目を覚ました。

薄目を開けたままぼんやりしてると、さっきの感触が今度は瞼の上あたりにあった。それに今度こそオレは、自分がレオンに起こされたんだって事に気付く。


「どした?」


よしよし、と撫でてやると、レオンはその小さな頭をオレの指の腹へとしきりにこすりつけてきた。
構って欲しかったんだろうか。普段のレオンは本当に聞き訳がよくて、こんな風に人が寝てるとこを起こしたりしないんだけど…。

…そうだ。リボーンはどうしたんだろう?
オレはあたりを見回す。――いた。川べりに立つ小さな後姿を見つけて、なんだかホッとしてる自分に気付く。

考えてみりゃこの一ヶ月、目が覚めてあいつの姿がない事なんてなかったからなあ。
何だかんだで馴染んじまってる。マフィアうんぬんはともかくとして、あいつにも可愛いとこあるし。どーしても憎めねーんだよなあ。


「リボーン?」


何気なく声をかけると、遠目にも解るくらいリボーンの背中がビクッと震えた。
あいつらしくない過剰な反応に、悪いと思いつつもちょっと笑ってしまう。


「何やってんだ?」

「…水浴びだぞ。」

「いやまあ、そーだろーけどさ。寒くねー?」


いくらこの辺がイタリア本土と比べて暖かいからって、こんな夜中に水浴びなんかしたら冷たいだろーに。現に、水浴びだと言いながらリボーンがしている格好は、シャツにいつものスラックスを膝上までたくしあげてるってだけのものだった。


「すんなら昼にしろよ、風邪引くぞ?」


パシャン。返事のかわりに水の跳ねる音が響く。
こっちに背を向けたままのリボーンが、水を蹴ったんだろう。オレはそれを、拗ねた子供の仕草みたいだと思った。

パシャン、パシャン。
そんな水音を聞いてるうち、オレの目もだんだんと闇に慣れてくる。

なんだか目が冴えちまった。
さっきから口で必死に服の端を引っ張ってるレオンをなだめながら、オレはうつぶせになり、組んだ腕の上に自分の顎を乗せる。
そのまま空を見上げれば、夜空にぽかりと月が出ていた。

今まで見た事がないほど真っ赤なそれに、オレはなんだか不気味になる。

月を見ると気が狂う。そんな話を真に受けてるわけじゃないけど、その色はどうしても気持ちの良いもんじゃなかった。

見れば、その光は川の水面にも反射してる。ちょうどリボーンがいるあたりの…


(…ん?)


その時。
水を跳ねるリボーンの体が、一瞬ふらりと傾いた気がした。


(気のせいか?)


オレは思いなおす。
それとも足でも滑ったのか。やっぱり夜だし、リボーンとは言え、足元がおぼつかないのかもしれない。


「おいリボーン、もーその辺にして…」


言いかけたとたん、リボーンの体がまた不自然に揺れたことにオレは気付いた。
今度は間違いない。どうしたんだ?
オレは不審に思い、起き上がる。すると、ずっとひっついてたレオンが急にオレから離れていった。


「レオン?」


不思議そうに呼ぶオレを、レオンはじいっと見つめて、それから姿をくるくると変え始めた。
始めはリボーンに。それから熊に。―――そして最後は…赤い×。

最初の夜と同じだ。それに気付き、オレはぞっとする。


―――もしかして、レオンはオレにリボーンの異常を伝えたかったのか?――あの時から?ずっと?


「・・・っ!!」


オレはあせって飛び起き、足をもつれさせながらリボーンのそばへ駆けて行った。


「リボ」

「来るな」

「……おまえ、」




月の光じゃなかった。


赤く見えたのは、リボーンのふくらはぎのあたり、真新しい傷口から流れる真っ赤な――――血液だった。









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