「どう、したんだ、それ……」 オレの問いに、リボーンはただぷいと顔を背けただけだった。 その事でかえって確信する。やっぱり、この傷は。 「最初に熊と出くわした時に、か?」 「………」 「なあ!どーなんだよ!?」 「騒ぐんじゃねーよ。」 焦れて大声を出すオレに、リボーンはうんざりといったように溜息を吐くと、岩陰から救急箱を取り出した。それはいつもどこにしまっているのか、こいつが持ち歩いているものだった。ただ、こいつがそれを自分のために使うところを、オレは今日初めて見たんだけれど。 消毒のため傷口に当てられたガーゼが、見る見るうちに血で染まる。 使用済みのガーゼはリボーンの傍らにどんどん増えていった。 オレなら片手でつかめるくらい細くてちっこい脚、そこに傷があって、出血してる。オレは見ていられなくて、でも目をそらせなくて、ただ胸が苦しくなった。 「なんで黙ってたんだ、こんな…」 責めるようなオレの呟きに、さっきと同じ溜息がかぶさった。 「大したことねーからに決まってんだろ。」 「でも、血がそんなに出てるじゃねーか!!」 「さっきまでふさがってたんだ。洗ってるうちに開いた、それだけの事だ」 「そーいう問題じゃねーだろ!」 面倒臭そうに説明するリボーンに、オレは無性に腹が立った。人がこんなに心配してるのに、こいつは全然わかっちゃいない。 「大人と違うんだぞ!黴菌が入って病気になったりとか…もし、し、」 言いかけて、しまった、とオレは思う。続くはずの言葉は、できれば使いたくなかったものだった。…こいつに対しては、特に。 唐突に勢いをしぼませたオレに、リボーンは包帯を巻く手を止め、怪訝そうにこちらをうかがう。 「『し』……なんだ?」 普段は人の話なんかとことんきかねーくせに……どーしてこういう時だけ気にすんだよ。 これでもう尚更引っ込めるわけにいかなくなっちまった、オレはその言葉を、ほとんどおそるおそる口にする。 「……死んじまったら……どーすんだよ………」 「死ぬ?――これしきの傷でか。」 それは、ほとんど面白がってるような口調だった。 もしかするとリボーンにはそんなつもりはなかったのかもしれない。 だけど、その時のオレは、なんだか傷つけられたような気分になったんだ。だから。 「んだよ、…わりいのかよ、心配して」 「いいや。だが、そんな事を言う奴は今まで周りにいなかったんでな。」 「あーそうだよ!オレはマフィアじゃねえからな!!」 だからつい――カッとなった。 「そーだな、お前らは自分の命だってどうでもいいんだ、だったら納得がいくぜ、平気で殺すのも!見捨てるのも!!組織にとって邪魔になりゃそれが当たり前なんだろ!!お前も同じだ!お前らは―――」 「やめろ」 よく通る声に制され、そこでようやくオレは我にかえった。 「でけー声はよせ。傷に響く」 「……悪い。」 どこまでも冷静なリボーンを前に、オレは自分のヒステリーに少なからず恥じ入り、うなだれる。 あんなことを口に出して言ったのは初めてだった。それもあんな形で他人にぶちまけちまうなんて、どうかしてる。 「…ったく…世話の焼けるやつだぞ、てめーは」 しょぼくれたオレを見、三度目の溜息をつきながら、リボーンはめくりあげていた自分のズボンの裾をきちんと伸ばす。いつのまにか包帯も巻き終えられていた(多分、オレが一方的にわめいてる間に、だな)。 「ほら」 「?」 その手がオレのほうへと伸ばされてる。なにを意味する行動なのか解らず、オレが首を傾げていると、手首を掴まれ、そのままぐいと引っぱられた。 「仕方ねーから寝床まで運ばせてやるっていってんだぞ。」 「………」 へ? その時、オレはキョトンとしてたと思う。 リボーンはかまわず、さらにオレにこう言った。 「要するにお前、オレの世話をしてーんだろ?」 「……………いや、あのさ。ん?…リボーン?…」 オレは軽く混乱しつつ今までの会話の記憶をたどった。 え、オレ、そんな話してないよな?してたっけ?いや、してないはずだ。してないよ。さっきの話のどこをどう解釈したらそういう結論に…… 「…ハハッ。」 考えてるうちにどうにもおかしくなってきて、とうとう吹き出しちまった。 まあいいか…それならそれで。 「なんだ。違うのか?」 「違うっつーか…」 またこれだよ、こいつの得意なとぼけ顔だ。ずりーよな、きっとオレはこの顔に、色んな事をごまかされたりほだされたりしてるに違いねーんだ。色々と。多分、自分で思ってるよりも、よっぽど。 でも、いいか。ひょい、と小さな体を抱き上げながらオレは思う。こいつをこんなふうに抱き上げるのは初めてだ。それってもしかして、こいつにとっちゃかなりの譲歩なんじゃねー? 「…そだな。もーちょい頼っては欲しー…かも。」 「じゃあお前火の番な。」 慣れない抱っこの体勢にいまいち位置が定まらないのか、オレの服をきゅうと掴みながらリボーンがあくびをした。 「オレはねむい。」 「…だーから言ったじゃんかー。」 笑ってポンポンと背中を叩いてやれば、傷が痛い、と文句を言われた。 |