階段を上りきると行き着く場所。そこはオレの気に入りの場所だった。 狭いスペースに腰掛け、息をつく。鉄の扉を背にすれば、そこから少しずつ体温が奪われていくのが解った。 鍵のかかった扉、その向こうは立ち入り禁止の屋上だ。 なんでも、何年か前そこで起きた生徒同士のいざこざがファミリー間の抗争にまで発展しかけ、以来閉鎖されるようになったとか。まったく迷惑な話だよな。大人たちが子供同士のいさかいを口実にしたのか、単にそいつらが過保護なのかまでは、わかんねーけど。 なんにせよそれはオレがこの学校に入るよりも以前の出来事だったので、この扉の先にある場所へはまだ行けた事がなかった。 立ち入り禁止の札を見るたび残念に思う。もしかしたらとノブを回した事も一回や二回じゃあない。 だって、この建物はどこもかしこも息が詰まるようだけど、それでもてっぺんから見上げる青空は悪くないんじゃないかって気がしたんだよ。ま、想像だけどな。 「あーあ…」 マフィアになりたくないってのは本当。 だけどここにいる事自体に、何かはっきりとした不満があるわけじゃなかった。 あいつ…リボーンには、勢いで牢獄とか言っちまったけどさ。 学校と銘打ってるからにはそれなりにルールはあったけれど、ここでは何か特別に行動を制限されるわけじゃない。 ある程度外界からシャットアウトされているのも、ファミリー間のいざこざがオレを含むここの子供たちに影響しないようにという配慮からだった。 それもひとたび学校から出てしまえば、どこにでも知りたい情報を拾うチャンスは転がってる。 オレたちがどんな情報を欲しがるか、って? そうだな。 たとえばそこのジェラテリアで働いてる可愛いオンナノコの名前、とか。 突如として現れた鼻の頭のニキビを大事なデートの日までに消す方法、とか、さ。 学校のやつら?それなりにやってるよ、みんな。 ヤローばっかっていっても、どいつとも毎日顔つき合わせなきゃなんないし、ケンカはまれだな。 たまに変なやつもいるはいるけど。関わらないようにするだけだ。 オレ?あー、へなちょことか言われても別に気にならないよ。言う奴も別に本気じゃないし、適当に笑ってかわしとくだけだな。 オンナノコがいないのは寂しいとこだけど、ありがたい事に合コン話はぽんぽん入ってくるし。 まあ、完全サクラ扱いなうえ、よくクラスメートから逆恨み買ってるけどな。知らないって。 …ははは。『がっかりした』って顔だな。 だってさ、考えてもみろよ。 生活の心配も不自由もない守られた環境で、オレたちは世間知らずのバカガキで。それでどうやって深刻になれっていうんだ。何に対して焦れ、って? つまるところここって場所は、送り込んだ親たちの思惑がどうでも、オレたちにはセーシュンを謳歌する場にすぎなかった。…それでも。 それでも、詰まるんだ。息が。 オレは体をひねり、背後にあった冷たいドアのノブをまわす。何回も。 ドア一枚隔てて向こう側、すぐそばにあるはずの世界がひどく遠かった。 クラスメートの群れを抜け出してきても、オレが行き着くのはこんな暗くてホコリっぽい掃き溜めみたいな場所で、挙句の果てに『気に入り』とのたまってる。 酸素が欲しい。このままじゃ死んじまう。 (あっち側へ行きたい) 頭の中は、そればかり。 |