授業を終えて寮に帰ったオレが見たのは、部屋の床に奇妙な線を描いてるリボーンだった。
その手に握られてるのは、紛れも無く油性ペン。

「………」

「ん?なんだ、帰ったのか」

「帰ったのか、じゃねーよ…」


脱力しながらそれでもオレは自分に言い聞かせた。
あーそうだよな。死ぬほど生意気だっていっても、赤ん坊のする事だ。落書きのひとつやふたつ多めに見てやらなきゃな。わー、じょーずにまっすぐ線がひけたなー。ご丁寧に定規まで使って・・・。

…今日こそは出てってもらおう。ちっさい背中が床でせっせと動くのを見ながら、オレははっきりくっきり決意した。
昨夜は遅くなった上、不毛な言い争いの最中にこいつが寝ちまったせいで仕方なく泊めることになっただけだ。
今朝は今朝で鼻ちょうちんこしらえて眠ってるこいつを起こせないまま寮を出ちまったんだよな。もしかするとほっとけば諦めて勝手に帰ってくれるかもって思ったし。

何て言われようがオレはマフィアになんかならねー。こんなのはお互い時間のムダだ。
第一教育されてなれるもんなのか?マフィアのボスってやつは。
しかもこんな赤ん坊に。
本人曰く一流のヒットマンとか言ってるけど、イカれてるとしか思えねー。こいつも、こいつを寄越してきたボンゴレとかいうファミリーのボスも。


「なあ…お前、帰れよ。」

「疲れた。エスプレッソが飲みてーぞ。」

「・・・・・・・・・」


オレ、自分のこめかみが音を立てたのを初めて聞いたね。
人の話を聞かないやつだってのは昨夜のうちに気付いてたけど、これはひどい。


「マシンはキッチンにあるのを使え」


…こいつ…。

振り向きもせずに言い放ったぞ。
淹れろってか。オレにエスプレッソを。
何か。ここはバールか?お前にはオレが小粋なバリスタに見えるのか!


「…砂糖とミルクは。」

「砂糖は1杯。自分で入れる。ミルクは朝だけだぞ」

「あ、そー…」


…それでもオレは言い聞かせた、自分に。
いやいや、こいつだって赤ん坊の身ではるばるシチリアくんだりからここまでやって来たんだ。…最後にコーヒーくらい淹れてやってもバチあたらねーだろ。

一杯。一杯だ。これを飲んだら帰らせよう。


忍耐と湯気の立ち上るデミタスを手にキッチンから戻ると、リボーンはテーブルの上に放したカメレオンと遊んでいた。
そんな様子を見ると、腹が立ってたはずなのに思わず笑いがこぼれてしまう。
こういう所はどこからどう見ても可愛い赤ん坊なんだけどな。もしも弟がいたらこんな感じだったのかな。そう思わずにいられない。
そこまで考えて、オレは少しだけ頭を振った。こいつとはどうせ関わりを無くすつもりなんだ。情は移さないほうがいい。

カップに砂糖とスプーンを一本ずつ添えてテーブルに置いてやると、一人と一匹は揃って大きな目をこちらに向けてきた。


「サンキュー」


・・・なんだ。ちゃんと礼、言えるんじゃねーか。


「レオン、そっちに行ってろ」


構っていたカメレオン(レオン、と言うらしい)をどかして、すぐさまカップの中を覗き込む様子がおかしかった。よほどエスプレッソが飲みたかったんだな、こいつ。


「普段エスプレッソなんか淹れないから、うまくないかもしんないぞ」

「だろうな。泡がなってねー」

「………」

「だが心配しなくていーぞ。なにしろマシンが良い。」

「……そー。」


冷めないうちに飲めよ、と言うと、リボーンは意外なほど素直に頷いた。
スティック状の砂糖の端を慎重に破いて、その先で螺旋を描くように、ゆっくりと中身を注ぐ。
それから空になったスティックを手元に置くと、無言でカップをみつめはじめた。
どうやら泡の表面に出来た砂糖の模様を眺めているらしい。
その証拠に、やっぱり泡がなってない。なんて不服そうにつぶやいてる。ちぇっ。
だけど、スプーンでくるくるとコーヒーをかきまぜるリボーンを見ながら、オレはちょっと感動してた。
こいつは、たったこれだけの事を楽しんでるんだなあ。そう思って。


…いかんいかん。
ほだされてる場合じゃない。この後、こいつには帰ってもらわないといけないんだった。
何か自分の気をそらすネタはないかと自分の部屋を見回した。
幸か不幸か、そいつはすぐに見付かった。…正しくは、思い出した。

さっきまでリボーンがしゃがみこんでいたほうを指し示す。


「…お前さあ、人ん家の床に落書きするのは良くないぞ?」

「落書きじゃねーぞ」


注意するオレに、エスプレッソをひと口飲み込んだリボーンが自信たっぷりに言う。


「じゃあ何なんだよ?アートか?ハハハ、だとしたら若き才能に拍手、だな」

「ちげーぞ。あれは境界線だ。これから一緒に生活してくうえで必要かと思って、オレが作ったんだぞ。」


は?

今何かとっても不吉な言葉を聞いた気がするんだけど。
オレはもう一度凝視した。リボーンの言う、境界線…とやらを。

黒いマジックで書かれた直線は、多少の余裕をもたせてオレのベッドの周りをぐるりと囲ってる。よーくよーく見てみるとその中に子供の字で何かが書いてある…


”DINO”


・・・ん?


「なに、あれ。なんであんなとこにオレの名前が書いてあんの?」

「あそこがお前のシマだ。いいか、勝手にこっちに入ってくんじゃねーぞ。」


・・・・・・・・・・・・・。


「はあああああ??!!なんだソレ?!っていうかここオレの部屋…おま、何勝手に決め…えぇええ?!!」

「お前がいない間にこの部屋はオレが占拠した。だがお情けで眠る場所は残しておいてやったぞ。感謝しろ。」

「意味わかんねーよ!!」

「このエスプレッソだが、味はまあまあだぞ。褒美に、コーヒータイムと食事の間はオレのシマの一部を共有スペースにする事を許可する。」

「だから意味わかんねーって!!っていうかお前、帰れ!!!!!」


向こうの方で犬の吠える声がする。
それと全く同じタイミングで、ベッド側の壁がゴン、と鳴った。
オレの怒鳴り声に隣の部屋のやつがキレてるんだって解ったけど、それどころじゃない。こんなに頭にきたのも、わけがわからない事態も、初めてのことだ。


しかしリボーンはというとオレの剣幕に動じることもなく、飲み終えたカップをソーサーに置き、しれっと言い放った。


「お前のシマを取り戻したきゃ、オレの条件をクリアしていくんだな。」


「・・・・・・・・・いーから出てけええええ―――――!!!!!


もう限界。そう思うより先にオレは叫んでた。

リボーンは黙って立ち上がり、たった一つの手荷物だったアタッシュケースを掴むと、中からガンを取り出した。

それでもオレはまったく怯まず、銃口を突きつけるリボーンに、フン、と笑ってみせた。
よく出来てるけど、オモチャに決まってる。バカにするにもほどがあんだろ。


「そんなモンでオレがびびるとでも思ってんのかよ!大人をナメんのも…」


ガウーン。


「!!!」


瞬間、なにかがオレの顔をかすめた。
後ろの壁を振り返ると、そこにはあるはずのないもの。
どう見てもそれは・・・弾痕。


「ホンモノだぞ。」


・・・・・・・・どこの世界に赤ん坊に本物の銃持たせるやつがいんだよ!

ボーゼンとしてるだろうオレの顔を見、ニヤリと笑うリボーンを前に、オレは心の叫びをあげずにいられなかった。



・・・やっぱりマフィアなんかクソ食らえだ!







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やっとここまで来れた!
まだまだ続きます。へへ。





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