寮に戻ると、リボーンは本を読んでいた。いつもの定位置である、専用のイスに座って。赤茶色の革でできたそれはアンティーク調で、赤ん坊の趣味にしちゃひどく渋い。ちなみに値段は聞いただけで目眩がするような金額だった。
…一体こいつ、給料いくら貰ってるんだろう。
怖くて聞けねーな。そう思いながら後ろ手にドアを閉めた。


「ただいま…」

「遅かったな」

「ああ。ちょっと毒サソリに殺されかけてた」


そう言い終わるか終わらないかくらいでぞっとした。
なんだ、『ちょっと殺されかけてた』ってのは。しかも自然に出てきたし。
もしかして馴染んできてないか、オレ?


「そーか。」

「そーか、じゃねーよ…。お前の愛人だろっ」


オレの言葉に、リボーンは他人事みたくしれっと言う。どう考えても責任の半分はこいつにあるってのに。少なくともオレにとってはとんだとばっちりだ。


「なー、何とかなんねーのか?お前の言う事なら毒サソリだって・・・」

「オレのそばにいるのは、あくまでビアンキの意志だぞ。オレはそれを尊重する。」

「…オレの意志は無視するくせに。」


差別だ。ふてくされるオレに、リボーンは少しだけ眉を上げた。


「意志?そいつは違うぞ、ディーノ。お前のはな、ただの小意地ってゆーんだ。」

「…小意地?」

「そーだぞ。それとも、お前は今、マフィア以外になりたいものがあるのか?」


答えられなかった。
黙り込むオレに、リボーンも何も言わず、視線を手元の本へと戻した。黙々とページをめくる彼にオレは、会話は終わった、と判断した。オレにとってもその方がありがたかったので。
リボーンが何を読んでいるのか気になった。境界線を踏み越えないよう気をつけながら覗き込んでみればそれはオレが学校で使ってる教科書だった。しかも、なんと経営学。


「お前、そんなの読んでんのか?」

「ああ。この教科はなかなかタメになるぞ。学校でしっかり勉強しとけよ」

「まー、成績は悪くないけどさ…ってか、当たり前の事が書いてるだけだし、それ。」


上着をハンガーにかけながら言うと、リボーンは急に教科書をめくる手を止めて、俺の顔を見た。


「?なんだ?」


まじまじと見られることを不思議に思ったオレの言葉には答えず、リボーンはただフッと笑って、それから静かに教科書を閉じた。


「何だよー、意味ありげだな。」

「何でもねーぞ。エスプレッソだ。」


・・・はいはい。

オレは肩をすくめてキッチンに向かった。

それ以上食い下がるのはムダだと解ってた。何しろこの赤ん坊は言い出したらまず絶対に退かない。それならオレだって一刻も早くコーヒータイムを楽しみたいさ。オレにとっては貴重なのんびりできる時間だ。最近腕だって上がってきたんだぜ?もちろんバリスタとしての、だけど。



果たして、今日の出来もなかなかだった。もしかしてほんとに一流のバリスタになれるかもしれないぜ。
リボーンは砂糖片手に真剣な表情をしてる。見ると、今日は二重のハート型に挑戦してるようだった。
とっくにコーヒーを飲み終えたオレは、退屈そうなレオンを指であやしてやりながら、リボーンの様子をおかしく思った。こいつ、見ていて本当に飽きない。
程なく、小さなアーティストはよし、と唇だけで呟いた。
出来上がった作品は納得の行くものだったらしい。こちらを得意げに見上げてきたので、笑って、ブラボォー、と言ってやった。そうしたらリボーンのやつ、神妙に頷くから本当におかしい。今度携帯で作品の写メでも撮ってやろうかな。そう思ってたら。


「今日のレッスンはなしだぞ。」


突然リボーンから思わぬニュースが飛び出した。


「えっ?!マジ?!!」


それにオレは思わず身を乗り出した。聞き間違い…じゃないよな?


「ああ、最近ディーノも頑張ってたからな。今日はゆっくり休め。」

「・・・・・・・・!!!」


すっげー嬉しい…!
オレはオレのまわりに色とりどりの花が舞うのを見た気がした。気分はプリマベーラ。春だぜ。

いや、元はといえばリボーンが勝手に組んだスケジュールを無理矢理こなさせられてるだけなんだけどさ。なにせ、学校のある日にリボーンの授業がないのはこの一ヶ月で初めてのことだ。
それにさ、リボーンに褒められたのも初めての事だったんだよ。
街のチンピラ相手とケンカさせられたり、夜中トイレに起きたオレがうっかり境界線を踏み越えちまっただけでボッコボコにしてみたり、普段は有無を言わさぬスパルタぶりだけど、たまにはこんな風に労ってくれる事もあんだな…ちょっと感動だ。


でも、甘かったな。やっぱりそこはリボーンだったよ。
じーんとしてるオレを、やつはたった一言、一瞬にしてオレを真冬へと逆戻りさせた。



「明日から家を空けて遠出する。お前にはそこでスペシャルメニューをこなしてもらうからな。今夜はしっかり睡眠とっとけよ。」



……オレの春は、まだまだ遠い。







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赤ん坊にまんまと言い包められそーなディーノ。
そんな彼が好きなんですよ〜(笑







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