「もうすぐお兄ちゃんになるのよ、ディーノ。」 そう言ってオレに微笑みかけ、母さんは自分のお腹を示す。 触ってごらん。目で促され、オレはそこにぺたりと掌を当てた。暖かい。この中にひとつの命が入ってて、そしてそれがそのうち自分をお兄ちゃんと呼ぶようになるだなんて、とても不思議な気がする。 オレはほうっ、と感嘆の溜息をついて、一番気になることを母さんに訊いてみた。 「ねー!こいつ、弟?妹?」 意気込むオレを面白がるように母さんは睫毛をしばたいた。そうして髪を撫でてくれながらおっとりと聞き返す。 「ディーノはどっちがいいと思うの?」 もちろん答えは解りきってる。オレはすうう、と息を吸い込んだ。より大きな声を出せば、神様が自分の願いを叶えてくれるような気がして。 だけど次の瞬間、オレの口から出たのは用意してた言葉じゃなくて、 「!!ぐばっっ!!」 ―――こんな、声ともいえない間抜けな叫びだった。 ―――なんだ?一体何が起きてるんだ? 下からものすっげー量の風が吹き上げてきてる。その勢いの強さったらない。そりゃーもうびっしびしクる。うっかりしてると両耳も頬の肉も持ってかれそーだ。 混乱する頭で、オレはようやく自分が眠っていたらしいことに気付いた。 両手も両足も動かせない。どうやらロープかなんかで縛られてるらしい。何がどうしてこんな事になってるかとかはさておき…、いや、こんな事しそうな奴には心当たりがあったんだけど…、とにかく目を開けようとした。 「・・・・・・・・・っっっっ」 …ダメだ。無理をすると目の水分が一瞬で無くなっちまいそうな気がした。いや、大袈裟でも何でもないんだって!ホントに!! 途方に暮れて泣きそうなオレの耳に、風の音に混じりのんきな声が聞こえてきた。 「やっと起きたか」 「リ、ボー…ン!!」 ―――こいつか(やっぱり)! 「いった…な…おま…ぅおぇっ」 文句を言おうと口を開けたら気管に嫌ってほど風が飛び込んできて、すさまじい圧迫感に危うく吐きそうになった。風圧に悪戦苦闘するオレの様子の一部始終を見てたらしいリボーンの一言が、これだ。 「すげー顔してんぞ、お前」 うるせーよ!!! あまりの言い様に目を瞑ったまま憤慨してると、頭まわりを締め付けられる感覚がした。どうやらリボーンが何かを着けたらしい。 「目、開けてみろ」 「・・・」 リボーンの声に恐る恐る瞼を上げると、水色に薄く濁った景色が広がった。 どうやらゴーグルをかけられたらしい…いや、それはいいんだけど!なんで! 「もーすぐ地上だぞ。」 なんでオレらスカイダイビングなんかしてんの?!! 空中だよ、空中!!マジ意味わかんねーし! 無重力まっただ中なせいで気付かなかったけど、どうやらオレの背中に乗ってるらしいリボーンの言うとおり、オレたち二人は山の中に突っ込もうとしてた。 「準備しとけよ」 えっ?準備って?!一体何すりゃいいんだよ?!! 見た感じ、着地までもう数十秒ってとこ。オレの都合なんかお構いなしに木々たちは迫り来る。いや、実際はオレが勝手に近付いていってんだけど。 こんな事なら見えないままのが良かった…。つーか、いっそ気絶しちまいたいんだけど!何で起きちまったのかなー、オレ…… 「心配すんな」 「・・・!」 うなだれるオレの背中をリボーンがポンポンと叩いてきた。 なだめるような仕草に、少しだけ勇気付けられる。そーだよな。…こいつがいれば何とかなるかも…。 平静さを取り戻したオレだったが、それも束の間だった。…リボーンの口から考えたくも無かった台詞が飛び出したせいだ。 「オレもスカイダイビングは初めてだ」 「・・・!!」 「まて。うーん、この説明書によるとだな…」 バッカ、おま……初めてならせめて説明書は、飛び降りる前に読めよ!!!! 終わりだ…。 さようならオレの人生。 いくら何でもこんなに若く、しかも赤ん坊と心中する事になるとは思わなかったぜ… バシュッ、という音がして体が強く引き上げられるのを感じたと同時に、オレは気を失った。 |