「てめーやる気あんのか」 「だからそんなもん最初っからねーって言ってんだろ!!」 「なら出せ、すぐ出せ、今出せ。でないと殺す。」 押し殺したようなリボーンの言葉に、それまで悪態をついていたオレはぎくりとなる。そうっと背後をうかがうと、リボーンは腕組みをしたままこちらをまっすぐに見ていた。黒い瞳が日差しを反射してぎらりと光る。イラついてるのは一目瞭然だ。 見なきゃ良かった…。 心底後悔しながらも、オレは叫びたかった。 理不尽すぎんだろ…!! 寝てる間に一服盛られて、意識の無いまま空の上からはるばる南はシチリアの某山中へ放り込まれ…。 スパルタ教師の無茶苦茶な理屈は、やつの言うスペシャルメニューにおいても、やはりスペシャルなようだった。 「ううう…くっそー!!」 誰か警察を呼んでくれ!そう叫ぶかわりにオレは、ほとんどヤケになって腕を振りかぶり……次の瞬間、転倒した。 「もーやだ!やっぱムリ!オレにはムリだってリボーン!!」 鞭に両脚をとられ仰向けに倒れたオレは、そのまま地面をゴロゴロ転がって叫んだ。その様子を見て、オレの鞭による被害を被らないようにと少し離れた場所から見守っていたリボーンが、呆れ顔で近付いてくる。 「バカに見えるからやめろ。」 「もーいい!バカでいいから帰らせてくれ!もー意味ねーよこんなん!!」 「わめくな、みっともねー。」 小さな掌に、無防備になってた額をパシン、とはたかれた。地面に邪魔されて力が後ろに逃げられないぶん、地味にかなり痛い一撃だ。 「体罰反対…」 「マジメにやらねーお前がわりーんだろーが。」 叩かれた場所を押さえて、うー、と唸るオレにリボーンはしれっと言った。 ひどい。オレだって出来ないなりにやってるつもりなのに…。 やってもやらなくてもどーせ怒られるんなら、どっちにしたって同じじゃねーか!尚更やりたくねーよ! 「おい。…オレに『それなりに、ほどほどに』が通用すると思うなよ。」 「何だよソレ!ちゃんとやってるだろー!」 睨みつけるオレの目を静かに見つめ返して、リボーンはふうん、と呟いた。 「……自覚ナシとはな……天然か。」 一人納得した様子のリボーンは楽しそうで、オレは首を傾げた。普段からリボーンはこういうことが多いけど、今の一連の会話の一体どこが彼の気に入ったのか、オレにはさっぱりだった。…けど、そんな疑問は次の言葉でかるーく消し飛んだ。 「まあいーぞ。それはそれで矯正しがいがある。」 「・・・・・・・・・・・・・」 わかんないけど。何が何だかさっぱりだけど。 ニヤリと笑う顔には、ひどく鞭が似合ってる…。少なくともオレなんかより、ずっと。 シチリアの日差しはずいぶん暖かいはずなのに、オレは背筋が寒くなった。 そんなオレをよそに、リボーンはオレの脚に絡まったままの鞭を解き始める。 相当複雑な絡み方をしてるそれがプレゼントのリボンみたいにするする解かれてく。すげーな、まるで手品みたいだ。 「お前は鞭の素質はあんだぞ。」 「え………どういう意味で?!!」 「…………。」 「…あ。武器のほうだよな、そうだよな…」 ついつい大声を出してしまったあと、この世のものとも思えないような冷たい視線をリボーンから受けて、オレは自分の致命的な勘違いに気付いた。 ごまかし笑いを浮かべつつ、だけどオレは、勘違いさせるリボーンの方にも問題があると思ってた。 だってさ、こいつならその筋の店にオレを売り飛ばしかねないじゃんか…。 マフィアも嫌だけど、ハイヒールに蝶々の仮面も嫌だ。 「…まーいい。立て。」 気を取り直したらしいリボーンに声をかけられる。 見ると、鞭はきちんと束ねられ、とっくにリボーンの手におさまっていた。 言われるまま立ち上がると、鞭が差し出された。眉間にシワが寄るのが自分でわかった。まだやんなきゃいけねーの? そんなオレになかば強引に鞭を押し付けて、リボーンが言った。 「先に言っとくぞ。オレは世辞はいわねー主義だ、ことさら仕事に関する相手なら特にな」 ――無駄だからな。 そう言い、リボーンは鼻で笑った。そんな皮肉げな様子もまたサマになってたりするから、怖いんだよ、こいつは。 「お前のセンスは悪くねー、決してだ。信じろ。」 「・・・!」 驚いた。こうもはっきり認められる事なんて、今までにほとんど無かったから。 思わず目を瞠るオレにリボーンは頷き、さらにこう続けた。 「確かに鞭じたい、武器としては扱いづらいシロモノだが、この一ヶ月で少なくとも手には慣れてきたはずだ。」 何でだろう、わかんねーけど。何だかドキドキしてきた。 グリップを握る手にも、知らず知らず力がこもる。 「神経を集中させろ。…そうだ。鞭を自分の体の一部と思え。重要なのはイメージだ。何度も言ったな、イメージするのは?…口に出して言ってみろ」 「肩から鞭までの延長線、その全体を意識しながら、撓り方、微妙な力加減で出来る各部位のコントロールをイメージ、する」 午前中、嫌ってくらい聞かされたリボーンの言葉を思い出しながら復唱した。 「よし」 満足そうなリボーンに、内心ほっとした。あれだけ繰り返し教えられたことを間違いでもしてみろ。どんな目に合わされるか解ったもんじゃねー。 …でもそれとは別に、なんだろ。誇らしいっていうのかな。 我ながら現金だと思うけど。でも。 ―――ほんの少し。少しだけど……出来るかも。…今なら。そう思えた。 オレは息を細く吐いて、意識を研ぎ澄まし、……そして今まさに鞭を…… ぐううううぅぅう〜〜〜〜〜〜〜。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「…中止だぞ。」 「え?」 「ハラが減ったからメシにすんぞ。」 「え?は?」 「何してんだ、ほら。」 「あっ」 「ポーイ。」 ボチャン スラー(川の流れる音) 「!!ちょっ…おまっ!!あーーーーー!!!」 「鞭はあとで自分で探しに行けよ。」 「なっ……お前が捨てたんだろ!!?」 「おお、魚がいんぞ。捕れ、ディーノ。」 「何様?!!っていうかあぶねーだろ、乗り出すなって!」 水面を覗き込むリボーンに向かって叫ぶオレの腹も、そういえば鳴ってる。 まあ…いいんだけどさ… 強制的に始まったスペシャルメニュー。初日からこんなんで、オレは無事に帰れるんだろうか。不安だ・・・ |